「日常からの投石」
「日常からの投石」
「そんなつもりじゃなかった。ごめん。」
閉じた手を開いて見たときにこぼれた言葉
さっきまで私の手をあちこちと、いそがしく巡っていた小さな蟻は、今はひっそり動かない
あそこの水で流そう
それはわたしの手の中をくるくる回って、青く茂る草の間へ落ちた
正午、あらゆるものが白く光を反射する
風と水、人間以外の生きものの声だけが 聞こえる
小さい蟻をころした
生きていたものをころしたのだな、と思う
水を止めよう、と立ちながら、ところで、とまた思う
小さな生き物にも自然にあのような言葉の出る私は、決してそう悪くない心を持っているのではないかと
ひやり 何かがわたしの中で嫌にうごく
変わらず静かな世界で、内側だけがぐらぐら動く
調子づく心を引き留めようとする何かの反発
どうしてだろうか、自然に湧いたはずの言葉が急に作りもののようになったのは
理由など思わず、ただ湧いたまま、触れずにいれば−
いや、心地よさを感じかけたことが、そもそもの浅さの証明
隙あらば、自分の心に都合よくあらゆるものを消費する
これは、今まで流し、突き詰めないでいた物事からのひとつの投石
昼下がり、ぬるく光る水滴がわたしの内部に小さな痕を残す
2022.8